私が日本のワイン、中でも山梨のワインの美味しさに気づいたのは、勝沼醸造のワインを飲んでからなんですが、その後山梨で作られたワインをたくさん飲んでいくうちに好きになったのが、シャトー・メルシャンの甲州きいろ香と甲州グリ・ド・グリなんです。もちろんワインそのものも美味しいのですが、そこに至るまでの物語を知って益々好きになりました。
ワインの香りの研究に身を捧げた富永敬俊
富永敬俊氏は白ワインの魔術師と呼ばれるボルドー第二大学醸造学部のデゥニ・デュブルデュー教授の指導の下ソーヴィニョン・ブランの香りの研究で博士号を取得しました。その研究の過程で、ソーヴィニョン・ブランの香りの成分が甲州にも含まれていることが分かりました。
それまでの甲州ワインは香りも少なく味も薄いと思われていました。同じ成分が含まれているなら、甲州でも香りの良いワインが作れるはず。ということで試行錯誤の上にできたのが、
シャトー・メルシャンの甲州きいろ香なんです。
富永敬俊氏のフランスでの研究の様子やフランスでの生活については、彼自身の著書『きいろの香り』に書かれています。この本を読むと地道な研究の成果がようやく実を結んだんだなぁと感じます。彼にはフランスでの生活の中で二つの出会いがありました。
きいろい小鳥〜メザンジュ・ブルー(青い鳥)〜
富永敬俊氏が研究しているボルドー大学は広大な敷地にあり、小動物に出会うことも珍しくなかったようです。そんなある日、小鳥の泣き声が聞こえ、辺りを見回してみると、足元に雛がいました。しかし、近くに親鳥は見えません。そこで、彼は小鳥を家に連れて帰ってしまいます。そして、きいろちゃんと名前を付けて一緒に生活を始めました。研究がなかなか上手くいかない中で小鳥の存在が慰めでもあり、励ましでもありました。そんな生活が2年過ぎた頃、きいろが突然亡くなってしまいます。彼にとってはとっても大切な小鳥との生活だったのでしょう。そのきいろと名付けられた小鳥との生活について、先程の本の中で1章を割いて書いています。
また、そのきいろい小鳥との生活を書いた絵本『いとしい小鳥きいろ』を石津ちひろ/文、ささめやゆき/絵で出版されています。
指揮者佐渡裕氏と励ましあって
先ほど紹介した本『きいろの香』の本の中で指揮者の佐渡裕氏と同じ時期にフランスのボルドーで研究をしていたそうです。その縁で、この本のあとがきに佐渡裕氏が書いています。
二人は、ほぼ同じ頃ボルドーに移り住んだ日本人同士でアパートも近かったので、家族ぐるみの付き合いが始まりました。佐渡氏は音楽の本場ヨーロッパで指揮者として修行中、富永氏はワインの香りの研究中で、日本人のいないボルドーでの生活の中、お互いにワインを飲みつつ励まし合っていたようです。
私の好きな佐渡裕氏と私の好きなワイン甲州きいろ香を作るきっかけの研究をしている富永氏が知り合いだったなんて。縁とは不思議なものだなぁと感じました。
これからを嘱望されていた富永氏ですが、2008年6月ボルドー市内で心筋梗塞のために53歳で亡くなってしまいます。私がワインについて調べる中で、富永氏のことを知ったときには、すでに彼はこの世にいませんでした。これからますますの活躍が期待されていた人だったと思います。
先程紹介した『いとしい小鳥きいろ』という本にも佐渡裕氏は短い文章を寄せています。今も、二人の友情は続いているんですね。
そんな物語を知った後では、きっと皆さんにとっても甲州きいろ香というワインは特別なものになるでしょう!